5東西両本願寺の分立・教如上人

多くの人々の信仰を集めて、
日本の歴史を動かすほどの大きな勢力となった本願寺ですが、
たび重なる一向一揆や織田信長との10年にわたる攻防を経て、
石山本願寺より、寺基を京都堀川六条に移します。
さらに、関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康の勧めで、慶長9年(1604)、
第12代 教如上人が烏丸六条に本願寺(東)の寺基を定められました。
これにより、本願寺は東・西に分立することになります。


メニューへ戻る 次へ進む