《教如上人》
永禄元年(1558)〜慶長19年(1614)(57)大谷派本願寺12世。元亀9年の石山合戦では活躍し、織田信長と攻防を展開。天正8年(1580)、和睦に際し、父、顕如上人と意見を異にし、抗戦を主張したため、絶縁を受ける。母の如春尼が准如上人を立てたため隠居するが、慶長7年(1602)徳川家康のすすめで、烏丸七条に本願寺(東)を建立する