次にウパティッサ師が、パンニャティッサ前管長に平伏する。
そして、管長だけが持つことを許される大きな赤い団扇(うちわ)が、新管長に手渡されるのだが、彼らはその手渡し役を、なんと私に依頼してきた。いきなりのことで正直驚いたが、これほど光栄なことはなく、二度と得られぬ経験だと思い、ありがたく、その役をさせて頂いた。
その時は暑さのせいか、それ程大した事をしている気はしなかったのだが、今になって思えば、大変な役割だった。スリランカの僧侶でも、あれに触れることができる者は少ないであろうに、外国人の私が、何とそれを新管長の就任の晋山式において、手渡したのだから。
今回の旅の最たる目的は、日本とスリランカの仏教交流と、これから、国境を超え、お互いに仏の御教えに生きる者として協力し合うための、きっかけを作る事であった。
彼らは初対面の我々を、同じ道を生きる者として認め、ここまで信頼してくれたのだ。表現は適当でないかもしれないが、我々は、それに応える義務と責任がある。
こんなことは改めて言うまでもなく、当たり前のことだ。”信頼に報いる”ということは、日本の国のなかでも、当たり前に考えていて、当たり前なのだ。
しかし、私はこの「当たり前」を忘れていたようだ。当たり前のことを思い出すのに、外国にまで行って、そこまでの出来事が必要だったのかと思うと、自分が恥ずかしいどころか、呆れてしまう。
しかし、実際はこういうものかもしれない。
きっとどんなに賢いひとでも、忘れている当たり前が、1つ2つある。
そんな気がする。
−続く−
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